過去の学説を鵜呑みにし、検証せずにいることは、科学の迷信を助長する。仮設形成、つまり仮説を立てることにおいて主観はありえても、仮説検定においては客観性を損なう主観は危険だ。経済学において、恣意的なモデルは害悪そのものだ。サンタフェ研究所の研究者達は、人工株式市場(Artificial Stock Market)のシミュレーション(Agent Based Simulation)において、エージェントの「意思決定」を重視した。それは、市場参加者の経済合理性を前提とした従来のモデルの意思決定とは相反するものだった。
株価の買い支えを、年金の運用機関や中央銀行が行っても、無意味であることは、前書で指摘したが、サンタフェ研究所の研究者がNextstepで動作するように書いた人工株式市場のシミュレーションでは、急激な株価上昇と株価暴落が起きることを再現した。市場参加者の合理性を欠いた振る舞いが時に起こることが指摘されたのだ。複雑系経済学の研究を、引用した文書でしか知らなかったり、プログラミングやシミュレーションの内容を理解できなかったり、そもそも研究者の論文を読んでいない人々は、複雑系経済学で収穫逓増と論じていることにケチを付け、成果を否定するが、彼等は誤解している。特に、今日ではLearning Classifier System (LCS)と呼ばれるGenetic Algorithm (GA)とClassifier Systemの組み合わせにより意思決定を再現したことは重要だ。GAの意思決定は条件と行動の組み合わせをシミュレーションにさせるものだが、後に生まれたGenetic Programming (GP)はif-then-elseにおいて、よりプログラミングしやすい。また、サンタフェ研究所のWilliam Brian Arthur氏とは別に収穫逓増を研究したPaul Robin Krugman氏は経済学賞を受賞している。[4]
ムーアの法則やレイ・カーツワイルの「収穫加速の法則」により提唱された技術発展の法則は賛否両論あるだろうが、経済学の付加価値に当てはめたBrian Arthur氏の研究は重要だ。これは企業の株価とは何の関連もない。私が大学院生だった頃、現在のDeep Learningの如く複雑系が流行り、書店に行くと、複雑系と背表紙に書かれた本が山積みされていたが、それらの殆どが読むに値しない内容だった。複雑系経済学がどんな研究分野か知らない者は、私見として批判するのは良いが、あたかも経済学者全員が否定しているかの如く述べるべきでない。仮説を立てるのは主観だが、仮説検定には客観性が求められる。私は博士号を取得できぬまま退学し、研究者としての道を絶たれたが、そのくらいは知っている。また、複雑系は、Mr. John H. Hollandが関わったこともあり、Artificial Life等の研究分野と関連がある。これらを組み合わせた研究もある。
2018年に経済学賞を受賞した、Mr. Paul Michael Romerはイノベーションと収穫逓増について研究した。Mr. Romerの論文によると、イノベーションが起こる正常な収穫逓増の経済では、独占企業や寡占企業が入り込んでいない市場が存在する。つまり裏を返せば、独占や寡占は価格競争に明け暮れる収穫逓減の異常な経済であり、経済政策として避けねばならないのだ。日本の長いデフレ経済の一因と考えても良いだろう。
依田高典氏は放送大学の講義「現代経済学(’19)」において、アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞受賞者を解説しているが、氏の専門分野の一つである行動経済学についても触れられている。私は放送大学の学生ではないが、興味深く拝見した。行動経済学においては、意思決定に心理学を応用した分析が試みられている。私の主張する法人税率のピグー税化もまた、環境経済学の手法により市場参加者の意思決定に変化を促す手法とみなすことが出来る。これらの分野で経済モデルを構築し、コンピュータ・シミュレーションを採用する際には、複雑系やディープラーニングのClassifier Systemを推奨する。行動経済学や実証経済学において、経済の諸問題、特に労働や流通の寡占に対する意思決定の誘導には、どんな誘因が効果的か検証し、政策に活かすべきだ。SDGs達成は、まさに外部不経済の内部化そのものだ。人類の生存に関わる諸問題に対する経済政策として、環境経済学や行動経済学の考え方は解決の一助となるだろう。
例えば、ピグー税の税率を決定するのに、外部不経済の最小化と企業収益の最大化を同時に達成するパレート最適を求める必要があるだろう。このような最適解を求めるには Non-dominated Sorting Genetic Algorithm (NSGA) 等の多目的最適化 (Multi-objective optimization) が適している。deep learningにおいては、チェスの研究が試みられている。これらは意思決定の研究そのものだ。MCTSとResNetの組み合わせのAlphaZeroや、GPT-2に人間の棋譜をPGNのデータセットとして学習させたChess Transformerは、そのまま経済シミュレーションに応用できるだろう。
誤った学説に基づく誤った経済政策は不幸をもたらす。日本政府は、マークシートで塗りつぶすのが速い者ばかり公務員として雇っている。採用方法を改めるべきだ。修士号や博士号の取得者を公務員として採用し、シンク・タンクとの連携を進めるべきだ。日本経済新聞やテレビ東京は、大学院修了者の能力を過小評価する企業人事について報道したが、国家公務員での厚遇を世に示せば、企業側の採用にも良い影響となる。